わたしが死にかけた記憶。

 

なんでか、ふと久しぶりに思い出した。

 

 

2年7ヶ月前に、わたし、死にかけたこと。

 

「死ぬかと思った〜〜、てへ♡」とかではなくて、リアルに死にかけたの。

 

 

 

娘を産む前日の夜。

お風呂に入ってたら、知らないうちに意識がぶっ飛んでた。

 

 

どれだけ経ったのか分からないけど、ふと目が覚めて。

 

でも、めちゃくちゃ気持ちよかったから、また目を閉じた。

 

 

 

 

そしたら、どっからか男の人のような怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「死ぬぞ!!!!!!!!!!!!」って。

 

 

 

 

ビックリして飛び起きたけど、身体が石の塊みたいに重過ぎて動けない。

 

 

やっとこさ、脱衣所まで這って出たけど、声も出ない。

 

目を必死に開けてるのに、視界はどんどん狭くなる。

 

「やばい、視界閉じたら、マジで死ぬ」

 

 

 

 

この時、何としてでも死ねない。

 

死んでたまるか!!!!

 

お腹の子どもも一緒に逝かせることは出来ない!!!!!

 

 

 

わたしの意識は、何をしてでも生きるを選んだ。

 

その直後、陣痛が来て、吐きながらタクシーで病院に向かった。

 

 

 

翌朝、元気な女の子が誕生。

 

 

そして、今、わたしは生きてる。

 

わたし、生きてるんだよ。

 

 

 

神に生かされている。

 

 

 

 

 

よくさ、自分の内側に神がいるとか

 

すべての人は神であるとか聞くやん?

 

 

 

神ってなんだ?

 

 

 

今の段階でわたしが行き着いた答えは

 

自分自身が、素の自分を生きる姿が神そのものなんじゃないかということ。

 

まあ、繕って生きてても、神ではあるんやけど。

 

 

 

 

わたしたちの地球は、相対の世界。

 

善があれば、悪もある。

 

光があれば、闇もある。

 

どっちかが良ければ、どっちかは悪くなる。

 

どっちもが良かったとしても、外には悪がある。

 

 

 

それ、全部含めたのが宇宙。

 

善だろうが、悪だろうが、すべては宇宙にある。

 

宇宙は、すべてがオッケーの一元の空間。

 

 

そこに良いも悪いもないんだわな。

 

 

 

ただ、そう在る。

 

ただ、そう在ることが、すべてなんだよ。

 

ただ、そう在ることが、愛そのものなんだよ。

 

 

 

その上で、良いか悪いかは、自分が選べばいい。

 

好きか嫌いかは、好きに選べばいいこと。

 

 

 

 

わたしはずっと、本当の自分に向かって生きてきた。

 

 

そして、今も変容の渦中にいる。

 

 

 

 

わたし、素になってく。

 

純粋に、すべてをそのまま感じてみる。

 

 

 

純粋に。純粋に。

 

ジャッジは要らない。ただ、そうなんだ。

 

 

自分の中に巻き起こる凄まじい流れを、わたしはただ傍観してる。

 

動いてみては、傍観する。

 

動いたら、また傍観。

 

 

 

 

生きてて良かった。

 

 

死ぬことが怖くないのは、もう実証済み。

 

だけど、神(わたし)が、わたしを生かせてる。

 

 

 

死ぬも生きるも、どう在るかは、全部わたしが決められる。

 

 

純粋に、純粋に

 

防御しないで、すべてを感じてていいんやよ。

 

 

 

 

 

これ、誰が書いてん?笑

 

 

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